かねて知を恐れたまえ

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悪魔の尿溜へゆくんだ!小栗虫太郎『人外魔境』を読む!

人外魔境 (河出文庫)

人外魔境 (河出文庫)

日本人たるもの誰しもが、若い頃一度は《日本三大奇書》を読破せねばと思うだろう(…あれ?思わない?)。
そんな私も、『ドグラマグラ』でめでたく夢野猟奇ワールドに開眼したのち、いよいよ二冊目に入った。
あれは猛暑、クーラーも無く、扇風機の生温い風にあたりながら読む創元推理文庫のぎゅっと詰まった小さな活字は、行を移ると視界の隅でモゾモゾと蠢き始め、まさに虫の如く汗ばんだ体を這いずり回る…
「ハテ…今、何を読んでいるんだろう?」と何度も躓くのは暑さのせいでボーッとしているからだと言い聞かせるも、気づけば主人公が今どこにいるのかもわからなくなっている(数年後、私はこの現象を勝手に《死靈現象》と名付けた。埴谷雄高さん、ありがとう)。
中井英夫の『虚無への供物』合わせ、三大奇書の中ではぶっちぎりの悪文だ。
悪文…難解さについていけない事を作者の文章力のせいにしているだけという場合も少なからずあるが、まあとにかく『黒死館殺人事件』の冒頭数行を読んでみるだけでよい。
小栗を読むことは“苦行”なのである。
夢野久作ドグラマグラ』角川文庫版だと32ページ続く《キチガイ地獄外道祭文》通称チャカポコも、挫折者多しの関門と有名だが、あの苦しい詩の繰り返しもおそらく読者を堂々巡りの地獄旅へと誘う仕掛けのひとつとなっているのだろう。
で、小栗虫太郎
なにゆえあそこまで読み辛い文章を書き、蘊蓄に力を籠め(過ぎ)、物語の進行上重要そうな説明をほんの一行で済まし、そして何より「いかに改行しないかがポイントだよ!」とでも言うようなみっちり感を押し出すのか。
初めて触れた時は「当時の読者はこういう文章も楽に読める人達だったんだ」と勝手に思い込んでいたものだが、「いや、これはリアルタイム読者だって苦戦したに違いない!」と、ある程度読書量の増えた今では思う。
…でもね。
そう。酔うんだよ。
酔ってくるんだ、小栗の文章は。
あるラインを超えると気持ちよくなってくる(ような気がする)タイプ。体内に毒の様に回り始めたら…ほら、活字中毒の虫が蠢きだすよ…

さて。
長年なぜか未読のままだった『人外魔境』である。
いやどう考えてもほぼ直球で私好みの臭いがプンプンなわけだが、なぜか読む機会が無く…この度、河出文庫ノスタルジックシリーズにて刊行されたのをようやく手にした次第。
さあ、毒を注入する準備は出来たか?
いざ、頁をめくらん。

………大魔境《悪魔の尿溜》!アトランチスの有翼人!大迷路の水棲人!白痴女を連れてチベットユートピアへ!!

猛毒である。
もう死を覚悟したくなるほど魅惑的な小栗ワードの連打である。
そして、一連の探偵小説に比べて読みやすいではないか(あくまで当社比)。
このシリーズ、第三話目から秘境探検家かつ国際スパイ(!)の折竹孫七が主人公として登場するのだが、どうも雑誌『新青年』で連載化されたのがここからのようだ。
主人公の異なる第一話・第二話はページ数も多く、個人的には全話このボリュームが欲しかったところ。
折竹というキャラクターは魅力的なので(なにせ国際スパイ!だし)一話読み切りとはいえ残念だ。
しかし、たかだか30~40ページでこのスケールの大きさ、そこに国際情勢からロマンまで詰め込む手腕はさすが。
だが相変わらず大事そうな展開部分を一行で済ますという技が大量投下されているので、丁寧に読んだほうがいいと思う。
いや、自分の場合、先を読みたくて下手な速読を発動してしまう時が度々あるので…

ニューヨークのサーカス小屋で重量上げの芸をする日本人女性おのぶサン、陽気で図々しくて憎めないロマンチストのカムポス…愛すべきキャラクターも多々登場し、あっという間に読み終える。
読み終えてしまった…

このシリーズ執筆時、小栗は海外渡航経験が一度も無かったとのこと。凄まじい知識量である。
夢野もほとんど百科事典だけをもとに執筆していた事を思うと、現代、欠けてしまった何かを感じざるを得ない…
彼らが夥しい書物に囲まれ思索に耽り、力の限り創造してゆく姿を想像していると、情熱の在り方を考えてしまう。

ところで、表紙の話をしたい。
ラインナップを見ただけでときめく良質なシリーズを刊行してくださり、河出書房新社さん誠に良い仕事をしていると思うが、この表紙はどうだろう…
亜熱帯だけどさ。秘境感あるといえばあるんだけど。
ちょっとその…さわやか過ぎないか?
小説の表紙って難しい。それはわかる。
「お?」と目を引かせつつ、作品世界の雰囲気をうまいこと伝えつつ、かといってネタバレは出来ないし…
大変な仕事だよね…

というわけで、ネタバレ全開で勝手に表紙を描いてみた!

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…ハア、ゼェ。ちょっと盛り過ぎたか?
いや、まだまだこんなものではないのだ。
めくるめく未踏地帯(テラ・インコグニタ)をゆく旅行隊(キャラヴァン)に、最終地点(ファイナル・ポイント)はないのだ!


《今日のBloodborne》

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…服、着ろよ。