かねて知を恐れたまえ

映画や本、ゲームについて。絵も描いています。

《Tokyo Sweet Gwendoline~3バチ展Vol.2》に行ってきた。

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フェティッシュとボンデージ・アートの先駆者ジョン・ウィリーの名作《Sweet Gwendoline》シリーズを、日本で最も魅力的な女性を描く三人(!)がアレンジした作品展。

 

連休初日の土曜日、時刻は昼過ぎ、決して広くないヴァニラ画廊…激混みを覚悟しながら到着すると、なんとガラガラである。

しかも三分の一は海外の方…

大丈夫か、日本人!?

…そんな軽い憤りも、胸躍る作品群を前にどうでもよくなってしまった(決してどうでもよい事だとは思わないが)。

 

原画を見るという行為は、これはもう生演奏とスタジオ録音の音源を聴く事ぐらいの違いがある。

どんなに録音技術が向上しようとも再現出来ない部分があるように、印刷では決して見えないものを見に行くのだ。

ガラ空きなのを良い事に、かぶりつきで見させていただいた!(視力が悪い事もある)

空山基氏の筆使いの繊細さ…この髪の毛、メタルの光沢の表現力!

Rockin' Jelly Bean氏のオリジナル鉛筆画の美しさ。

寺田克也氏が特大ダンボール紙に描いた線画に近づけば、ペンのインクの厚みまで見える。

これを見に来たのだ。

原画を間近で見ていると、その制作過程まで見えてくるような感覚がする。当たり前の事なんだけど、ペンや鉛筆や筆を持って描いてるんだな…と実感し、「人間って凄い」というところまで辿り着くのだ。

 

数年前キリコ展に行って、一番感銘を受けたのは荒っぽく塗り潰されたドアだった。

画集で見た時は全く気付かなかったが、どうも描いていて「ここじゃないな」と思ったのか、ベタベタと上塗りされつつも完全に透けて見えていた。

この荒っぽさもまたキリコっぽくて好感が持てたのだが、これもまた原画を見てこそ見えるものである。

 

ところで寺田克也氏の描く女性を見ていて思ったのだが、皆オッパイの形が異なる。乳房の大きさからトップの描き方まで作品によってそれぞれ。

裸体の女性を描く時、特にオッパイはどうしても作者の好みの形になりがちだと思うのだが、単純にこの描き分けは素敵。

 

そして御三方とも、本当によく女性文化を理解していると。文化というのは、メイクやファッション。ボンデージだけでなくもっと根底のところ。

ちょっと安っぽい表現になるが、《男性の喜ぶ女性》ではなく《女性が望む女性》を描いている気がする。

だから、本当のフェティッシュのアートというのは、残酷性や悲惨さなどとはかけ離れたところにあるのだと思う。

スウィート・グウェンドリンの《冒険》だから。

 

カタログと一緒にTシャツも購入したのだが、このTシャツ、胸元の一番目がいく所にRockin' Jelly Bean氏の描く女性の股間がきている。

東京ゲームショウに着て行こうかと思っているのだが、入れてくれるだろうか。

 

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撮影協力:イギー